事件

[京都]京アニ放火殺人事件の犯人・青葉真司の人物像と家庭環境[顔画像]

青葉真司事件の2日前に京都・伏見の防犯カメラがとらえた青葉

 

中学の同級生が記憶ないほどの存在感のなさ

青葉小学生の青葉真司

 

7月27日、新たに35人めの犠牲者が出ました。

京アニの社員と思われる、20代の男性だといいます。

スタジオの1階にいたとみられ、自力で外へ避難し病院に運ばれたものの、

力尽きてしまいました。

ご冥福をお祈りします。

まだ病院には、10人が入院しています。

これだけの犠牲者が発生したテロというべき事件を引き起こした青葉真司(41)とは、

どのような生い立ちだったのか、どんな家庭環境で育ったのか、まとめてみました。

父親は最初の妻との間に6人、犯人の母との間に3人の子ども

父親は、最初の妻との間には子どもが6人いるといいます。

青葉真司の母親は2番目の妻で、その妻との間には3人の子をもうけています。

青葉真司には兄と妹がいます。

両親が幼少期に離婚したため、父親と暮らしていたのですが、

経済的には常に苦しかったようです。

離婚の原因は、父親の浮気だったようです。

母親は幼稚園の教諭だったとのことです。

父親はイケメンで、女癖が非常に悪かったようです。



同級生の記憶では、まったく覚えていないという存在感のなさ

小学生時代は柔道クラブに通うなど活発な面もあったのですが、

友達は少なかったようです。

中学校では暗い印象で、いじめに遭って引きこもりがちだったそうです。

同級生の記憶では、まったく覚えていないという存在感のなさ。

卒業の際に撮影する集合写真には写っておらず、

青葉は別に撮られた写真が載っていて、

学校にも来ていなかったようです。

浦和高校定時制を卒業後、職を転々と

中学卒業後は、埼玉県の浦和高校の定時制(夜間)に通っていました。

その後は県非常勤職員、新聞配達員、コンビニ数軒と、職を転々としたようです。

少なくとも県の非常勤職員時代は真面目に働いていたようです。

父親はタクシー運転手でしたが、事故を起こして解雇され、

その後は生活苦が続き、

1999年12月30日に自殺しました。

その際、真司は血の海になった部屋を見たようで、

そのあたりから心を病んだのではないかという知人の証言もあるようです。

それを境に、家族とは疎遠になっていったといいます。



コンビニ強盗の前には下着ドロボー

青葉学生時代の青葉真司

 

だが、青葉は2006年春に警察沙汰を起こしています。

窃盗の疑いで、警察が青葉の自宅に踏み込んだことがありましたが、その容疑は「下着泥棒」でした。

青葉は部屋の中で寝ていて、そのまま起こされて警察に連行されました。

事件後にアパートの部屋を引き払う際には、それまで離れて暮らしていた母親が家賃補填したということです。

その後、埼玉県内の人材派遣会社に登録したり、茨城県内の郵便局に勤務しましたが、 2012年にコンビニ強盗を起こし、逮捕されました。

2012年6月20日、当時住んでいた茨城県常総市に近い坂東市のコンビニに押し入ると、店員に包丁を突きつけ、レジから2万1000円を奪って逃走。

ところが、11時間後に、警察に出頭し、次のように供述したといいます。

「遊ぶ金が欲しかった。オウムも次々捕まっており、自分も逃げ切れないと思った」

コンビニ強盗事件後、更生保護施設で過ごし、退所後は、埼玉県内のアパートで一人暮らしをしていました。

精神科に通院していたとの情報もあります。

滅茶苦茶になった自分の人生に絶望して、

自暴自棄になったのかもしれません。

追記20190730 作品の応募見つかる

京都アニメーション7月30日、さいたま市見沼区の職業不詳、青葉真司被疑者(41)と同姓同名の人物から、京都アニメーションに作品の応募があったと同社の代理人を務める桶田大介弁護士が明らかにした。

桶田弁護士によると、容疑者名と住所の一部が報道で明らかになったため、改めて社内で確認したところ、青葉と同姓同名で、記載された住所も一致する創作作品の応募が確認されたという。