事故

[海外事件簿]4歳の弟が6歳の姉を射殺 乱射事件や誤射がいくら起きようが銃を規制しないアメリカという国のなぜ?

gofundmeより。gofundmeは寄付金を集めるクラウド。すでに14日現在、$36,475 が集まっている。

幼い子による銃の発砲事故

銃社会のアメリカでは時々、幼い子らによる銃の発砲事故が起こる。

4月8日には、アトランタ中心街から北西へ車で40分ほどの自宅前に止められた車の中で、4歳の男の子が2歳上の姉を誤って撃ってしまうという悲劇が起きた。

午後6時頃、米南部ジョージア州アトランタ近郊ポールディング・カントリー(Paulding County)で、6歳の女の子が4歳の弟に撃たれ、死亡したのだ。

親子は弟の野球の試合に向かおうとしていたが、車のエンジンがかからず、母親が原因を調べようと外へ出た。

その間に、弟が車内に収納されていた銃を取り出し、誤って引き金を引いたようだ。

救急隊員が出動し、撃たれた女児は近隣の病院へ搬送されたが、10日までに死亡が確認された。

寄付金を募るクラウドの「GoFundMe」には、14日現在、$36,475 の寄付が寄せられている。

募金の主催者は、

「ミリー・ドリューは、彼女が所有したすべてのものによって愛されイエスの愛を示し続けるために彼女の臓器を寄付することによって生き続けます」

と記している。



アメリカ人はなぜ銃のない社会をつくろうとしないのか

その少女は、家族の経費を援助するためにつくられたGoFundMeというサイトで、ミリー・ドリュー・ケリー(Millie Drew Kelly)だと確認された。

捜査当局は立件を見送る構え。

地元保安官は、「このようなことが二度と起きないよう、銃器は弾を抜いた状態で子どもの手の届かない場所に保管してほしい」と市民に呼び掛けたというが、安全装置はどうなっていたのだろうか。

安全装置に言及しないということはリボルバーだったのだろうか。

それはともかく、もちろん死んだ姉は不憫だが、これから一生、姉を撃ち殺してしまった罪を胸に抱えながら生きていかねばならない弟も辛い。

こういう事故を聞くたびに日本人は、なぜアメリカ人は銃のない社会をつくろうとしないのかと疑問に思う。

しかし彼らの多くはそう考えない。

それは彼らの歴史と関係がある。



悲惨な事件や事故が起きようがアメリカ社会が銃規制しない理由

アメリカでは合衆国憲法によって銃所持の権利が保障されている。

合衆国憲法修正第2条 “A well regulated Militia, being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed”

つまり、憲法が、

「自由なstateの安全保障のために必要なよく統制された民兵、武器を保持および携帯する人々の権利は侵害されてはならない」

とうたっているのだ。

stateを州と解釈するか国家と解釈するかで意味が違ってくるようだが、武器の所持を肯定していることは確かだ。

この武器を所有し携帯する権利を保障する合衆国憲法修正第2条が採択されたのは1791年のことだ。

日本でいえば江戸時代、寛政3年のことである。



2008年には最高裁が短銃規制を違憲と判決

その少し前に米国は、英国からの独立戦争1(775年4月19日-1783年9月3日)を戦っていた。

その経験から米国民は圧政に直面した場合に備えて自衛する必要があると考えた。

抑圧的な政府に対抗できるよう民兵として武装する、というのが彼らの考え方なのだ。

2008年には、最高裁が、コロンビア特別区(ワシントンD.C.)の短銃規制について、武器の保有権を定めた合衆国憲法修正第2条に違反するとした違憲判決を下した。

この短銃規制は、個人の短銃所持を一律に制限する、全米でも最も厳しい規制となっていたのだが、連邦最高裁判所が、その銃規制を違憲とみなしたのだ。

修正第2条が個人の銃器の保有を保障していることも初めて明確にしたものであった。

こうした歴史的背景によって、米国ではいくら悲惨な乱射事件が起きようが、今回のように幼い子どもたちによる痛ましい事故が起きようが、銃規制の運動は高まらない。



事故はアトランタ郊外のPaulding Countryで起きた